名古屋のホテルに妻からの電話
名古屋のホテルに泊まっていた私は、早朝に妻からの電話で起こされた。私の父親が倒れたのだという。私は始発の新幹線に乗り込むべく、急いでスーツケースに荷物をまとめ、名古屋のホテルをチェックアウトした。ホテルの前からタクシーに乗ると、1時間ほどで名古屋駅についた。始発の新幹線にギリギリ間に合うことができた。
私の趣味は旅行です。ホテルの予約をするときは、早割か当日割を利用します。早割だと、泊まる半月前くらいに予約をしなければなりませんが、割引額が大きいです。普段なかなか泊まれないようなホテルも、安く泊まることが出来ます。また、当日割は、割引額はあまり大きくはありませんが、運が良ければとても良い部屋に泊まることが出来ます。ホテルの予約は早割か当日割の利用をお勧めします。
紀子さま 今年は国の内外で、規模の大きい自然災害が起こり、心の痛むことの多い年であったように思います。ご質問が幾つかございますが、私の場合は、地震が起きた当日のことを振り返りながら、少し順番は変わるかもしれませんが、当時のことを振り返りながらお話をさせていただいてもよろしいでしょうか。
3月の11日、震災当日、先ほど宮様がお話しされましたが、私たちは宮邸におりまして揺れを感じました。状況を把握するために、ニュースを見たりしながら過ごしておりましたけれども、報道から非常に規模の大きい地震、津波、そしてその後に原発事故と複合した災害によって、多くの尊い命が失われ、また、行方不明になられた方々、大切なものを多く失った方々がいらっしゃって、たくさんの方々が、本当に私たちでは計り知れない深い悲しみと強い不安を持ちながら過ごしていることを知りまして、胸がふさがる思いがいたしました。
こうした災害時において、宮様もお話をされましたが、被災された方たちのこと、困難な状況にある方たちのことに対して思い続けていく、心を寄せていくことは(皇室の役割として)非常に大切でございます。
震災後、宮様と一緒に私は、被災状況をなるべく理解できるようにと思い、関係者からお話を伺いました。また、それと合わせて避難所や被災地の学校、施設を訪れました。少し宮様が話されましたことと重なりますけれども、訪れた場所は、私たちが以前から関わっている団体が活動している地域を中心に参りましたが、訪れた先では、大変困難な状況の中であっても、お互いに助け合い、支え合いながら生きている人々の姿を目の当たりにして、私たちが大きな力をいただきましたり、勇気づけられることも度々ございました。
また、この震災では国の内外から本当に多くの心温まるお見舞いや励まし、そして支援が行われてきました。自分に何ができるかしらと思われた方も多くいらしたと思います。大きな団体や組織、それから学校から個人のレベルまでさまざまな形で、被災地、そして被災者に対して献身的な支えをしている人々の姿が多くございました。
私が携わっております結核予防会も、震災直後から委員会を立ち上げまして、被災地の人々の健康を案じ、医療機関と共に連携しながら被災地での医療、そして健康支援を夏まで行いました。宮様と訪れた場所でも、結核予防会の活動を見せていただき、お話を伺わせていただいたところもございます。また、母子愛育会という私が昨年の10月から携わっている団体も、子供たちのための支援活動を行っております。
大震災から8カ月がたちまして、時が過ぎても、被災地で暮らす人々、住み慣れた土地を離れて暮らす人々、そして、大変な生活を余儀なくされている人々に心を寄せながら、思い続けながら、人々の心身の健康や子供たちの成長を長期にわたって見守る活動などを、これからも関わっていくことができればと思っております。
秋篠宮さまが、天皇陛下の公務について、「定年制も必要」との考えを記者会見で語った。憲法には、天皇の公務に関し、首相の任命や法律の公布などの「国事行為」が規定されているだけだ。だが、植樹祭や国体への出席、海外の賓客の接遇など公務にあたる「公的行為」は数多い。
初めて現憲法下の象徴天皇として即位した天皇陛下は、皇后さまと共に、国民の中に入っていくことで「国民と共にある皇室」を示してきた。公務が年齢と共に減るどころか増える傾向すらあり、宮内庁の09年発表によると、昭和天皇の74歳の時と比べ、東京都内や地方への「お出まし」は約2.3倍になっていたという。
「公的行為」に当たる災害被災地慰問にも即位後の両陛下は心を尽くしてきた。東日本大震災後は、7週連続で被災者らの見舞いをハードな日程でこなした。今月の入院に際し、宮内庁は「疲労が相当蓄積し、お身体(からだ)の抵抗力が低下している」と説明した。秋篠宮さまの「定年制」言及は、まさに陛下が入院中の発言であり、法改正などが伴う制度創設を念頭に置いたものではなく、公務を思い切って削減すべき時期に来ているという「肉親の切なる情」の発露と見るべきだろう。宮内庁は負担軽減を図ってきたが、一層の見直しが「喫緊の宿題」になっていると言える。【大久保和夫】
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秋篠宮ご夫妻は、秋篠宮さまの46歳の誕生日を前にした記者会見で、東日本大震災の被災地を訪れた際の体験に触れ、皇室の役割として「復旧・復興を長期的な視野で見守り、被災者に末永く心を寄せていく」などと語った。
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ご夫妻は震災後、東北各県を訪問。秋篠宮さまは「大変な状況の中にあって、私たちが接した人々は、非常に前向きな姿勢で一日一日を過ごしているという印象を持ちました」などと述べた。紀子さまは、被災地の子供らから受け取ったビーズの腕輪などを手元に置いていると明かし、被災地を度々訪れる中で「人々の強い絆」を感じたと振り返った。
10月に成人皇族となった長女眞子さま(20)には、秋篠宮さまが公務について「一つ一つを大切に一生懸命務めるように」と話しているという。眞子さまの結婚や、次女佳子さま(16)の進路については、ご夫妻とも本人の希望を尊重したいとの考えを示した。
「着袴(ちゃっこ)の儀」を今月行った長男悠仁さま(5)について秋篠宮さまは「木にすたすたと登っていくのを見たり、虫や恐竜のことなど話す会話の量も増え、成長の様子なのかなと感じます」と話した。【川崎桂吾】
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